なぜ農業なのか

サラリーマンで安定した生活を。

これが一般的に望まれるもので、人により遅く20代後半に安定と言われるサラリーマンになりました。

今までの不安定な生活を考えれば毎月お給料が入ってきますし、ボーナスもありますのでサラリーマン生活もまんざらではありません。

この生活を6年間。

20代前半はとても刺激的な生活。

東京ではいろんなタイプの人間と接することができ、貴重な体験をたくさんすることができました。

しかし、そんな生活を送る中で身体に異変が。

いつも通り煙草を吸って寝るも、息が苦しくて眠れない。
今まで味わったことのない症状に焦りました。
呼吸器系の病院で診察を受けたところ、喘息という診断結果。
この歳でまさか喘息なんて思いもしませんでしたが、原因のひとつは間違いなく煙草。

 

【一つ目のきっかけ】

喘息

そこから私の生活はガラッと変わらざるを得なくなり、私の行動範囲が狭くなりました。

そんな中、父が他界。
地元近辺で仕事を探すことに。
見つかったのが、前職の名古屋にある会社。

このサラリーマン生活が私の人生を大きく変える事になりました。
それはある人に出会うことができたからです。
それまで自分でも思うほど自己中心的な性格、お恥ずかしいながら人様に誇れるものは何もない人生。
そんな時、本当になんとなく行政が行う社会人を対象とした農業夜間ゼミを受講することに。

 

【2つ目のきっかけ】

上手くいかないサラリーマン生活

漠然と農業への道を考えるも、当時付き合っていた女性(現:妻)にそんな人と結婚なんかできないと言われやむなく断念。
その後も仕事ではトラブルの毎日、なぜ自分だけこんなに全てが上手くいかないのか。

何がそんなに悪いのか、どれだけ悩んだかわかりません。

出した答えは相手に依存した考え方を捨て、全ての問題で自分が変わること。

そして少しずつ変化が。

一つ目の変化
トラブルばかり起こす何の取り柄もない問題社員だった私が、周りから少しずつ認められるようになりました。
それは上司の働きかけによるもの。

何も強みがなかった私に武器を身につけさせる、それが営業でした。
その中で唯一最初から認められていたのは根性。
どれだけ怒っても翌日には必ず出社してくる。
(上司が言うには完全にパワハラだったらしい)
そんな毎日を送っていると環境も背中を押すかたちとなり、順調に売上が上がり出しました。
会議で必ず上司は私をアピールしてくれました。
ここまで読んでいただいてご理解いただけると思いますが、私に才能なんてものは一切ありません。

下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる。
その弾が偶然にも良いところに当たり、その後の私を大きく後押ししてくれました。

二つ目の変化
スタッフとの関係も当然ながら上手くいっておらず、お恥ずかしい話ですが、私と仕事をしたくないというスタッフが多数いたのも事実。
しかし、私ががむしゃらに営業へ取り組む姿を見て何かを感じてくれたのか、少しずつですが協力的に。
どんな些細な情報も私に伝えてくれ、私に対する態度もヒビ良くなっていきました。

この経験が今の私を支えております。

恩人となる上司は強烈な個性をお持ちな人でしたが、それぐらいでなければあの時の私を変えることは出来なかったと思います。

その後も与えてもらった武器で楽しいサラリーマン生活を送っていましたが、どれだけ頑張っても変わらない評価(給料)。
モチベーションは下がり続け、自分のやるべき最低限の業務のみをこなす毎日。
そんな中で運命の日を迎えました。
埼玉へ異動の打診(強制)。

 

【三つ目のきっかけ】

異動(単身赴任)

とうとうこの日が来たか、という思いと共に頭は真っ白です。
その日に答えをださなくてはならず、抵抗虚しく異動を受け入れることに。

本当に落ち込みました。
妻には東京から名古屋の営業所へ私の都合で異動してもらったのですが、今度は私が関東に異動という冗談にもならない状況。

ただもう行くしかない。

その夜は眠れず、妻と愛犬を夜中にふと見てしまった瞬間、寂しさが溢れてきました。
まさか結婚一年目、子どももいないのに別居。

いつ名古屋に戻ってこれるかわからない状況で犬はどうする、猫はどうする、妻の実家も大変な時に妻一人を慣れない名古屋に残して埼玉に単身赴任、結婚した意味がわからなくなりました。

次の日そんな私を見て妻が一言。

『そんな会社辞めればいいよ。』

この一言で私は迷わず農業への道を選びました。
妻はもちろん普通のサラリーマンへ転職させるつもりでしたが、私の農業に対する思いが通じて渋々了承。

そこからは早い。
翌日には会社に辞意を伝え、農業関連の本を読み漁り、webで新規就農情報をとにかく調べました。
まさか会社も私が辞めるという決断をするとは微塵も思っていなかったらしく、大変でした。
駄目社員の私が会社に引き止められることに正直嬉しい気持ちもありましたが、一度辞めると言ったら絶対辞める。
頑固なところだけは治っていませんでした。
お世話になった会社に後ろ足で砂をかけるようなことはしたくなかったので、すぐに辞めることは出来ず。
その間、雑草を抜くことすらしたことがなかった(無謀な)挑戦者を農業体験として受け入れて下さった知多のとある農園で初めての農作業を体験しました。
朝は早いし暑い、体は辛いけれど零れ落ちる汗に生きていることを強く感じる。

気持ちが良い。

確実に新規就農への道を歩んでいきました。

そして来る平成25年8月、晴れて退職。

農業を志したきっかけは喘息かもしれませんし、サラリーマンからの逃げなのかもしれません。

ただ、心の底から湧いてきたこの強い気持ちをこれからも信じて私は生きていきたいと思います。